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事故対策とその後 

あれから結構の月日が経ちましたが、少し記録の追加を。
DSC_0172.png
9月25日、事故の翌日は前の記事にも書いたとおり725H列車は金沢文庫止まりで運転されました。使用車両は前日から停泊していた606編成でした。DSC_0225.png
9月26日は都営車の代走なども考えられていた中、1153編成が充当。運用を見た通りでは日中の青砥(高砂・押上)⇔三崎口・久里浜のピストン運用のみが運休になり、夜に設定されている北総線始発の久里浜行きなどは金沢文庫行きで京急車が通常通り充当された模様で、京急車の代走はアクセス特急や日中の北総線運用以外では起こらなかったようです。
DSC_0230.png
9月27日は1731編成が充当。この日のうちに復旧したため、これが最後となりました。
以下番外編
DSC_0235.png
三崎口行き運休に伴い、9月27日は押上線内では救済の押上⇔青砥間で臨時ピストン列車が運転されていました。
S55運用には3004編成が充当されました。恐らく8両編成が不足したためと思われます。
突発的なダイヤのため、日中の列車にもかかわらず八広駅で退避を行うなど異端な列車でした。
DSC_0237.png
2番線が塞がれたため、下り列車は3番線に入線。写真に写ってるのは85Kに充当された3054編成で、この快速は八広駅に臨時停車し、3番線を通過する列車は設定されませんでした。
DSC_0241.png
1番線をアクセス特急が通過。この日からアクセス特急は押上行きから羽田空港行きへと戻されていました。
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まとめ【事故対策とその後】

あれから結構の月日が経ちましたが、少し記録の追加を。9月25日、事故の翌日は前の記事にも書いたとおり72

まっとめBLOG速報

2012/11/21 11:06

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